紅い唇から漏れるのは、これまでも繰り返しついてきた吐息だった。
象牙のような色をした、弧を描く首筋は、静寂の包む薄闇のなかで、ぼんやりと光るようにも見える。
遠い地面に向かい真直ぐに垂れる、白金の髪に照らされるようでもある。
「なぜ死なぬ……!!」
背から腹へ貫通し、臓腑の損傷はもちろんのこと、背骨を断ってすらいるはずの巨大な針は、それでもかれの命を奪わない。
上級天使は、生かさず殺さず自分の体を貫く針に、握りしめた手を割れよとばかりに打ち付けた。
神の槍は、小揺るぎもせず、かれを突き通したまま天へとそそり立っている。
12号とのまぐわいを引き裂いたわたしが、そんなに許せぬか。
この世の創造主たるおまえにも、つまらぬ恋情が存在するのか?
くだらぬことを、とかれはひとり喉の奥で笑む。
そう、絶えず思い浮かんでくるのは、実にくだらぬことばかりであった。狂気を一掃することも、
マルクトも、もはやどうでもいいことだ。
歪みという病巣を取り除いてやろうとした神には戒められ、腹心であるはずのコリエルたちには裏切られ。
自分にはもうすることも、居場所すらありはしないのだ。
得たものは、重く無意味な翼のみ。
クク、とかれは美貌を歪めて再び笑った。
ただの肉塊であればよかったのだ。お前も。わたしも。
自我の無いただの肉塊ならば、つまらぬ思考に悩まされることは無い。
怒りや憎しみを感じることも、焦がれることも無かろうに。
女に身を落とした哀れな神よ、気の済むまでわたしを生かしておくがいい。 体を貫くこの針こそが、わたしを保つものなのだから。 わたしを繋ぐものなのだから。
「アレルヤ、アレルヤ!!」
なんたる栄誉か!
神の器官と交われるとは。ダァバールこそ果たせなかったが、おまえとわたしは分かち難く身を繋げているではないか。
これは、おまえとわたしとのまぐわいだと思わぬか?
われわれは、喪失の空虚を互いで紛らわせている。
虚空を眺める。その視線の先には、大熱波の日から少しも変わらぬ景色が広がる。
こごった血の色をした双眸は、まばたきも少なに、曖昧になる時の流れを映し続けている。
鈍痛としてかれの体に存在し続ける戒めの針はときどき、かれのなかに、堰を切って溢れるような痛みの渦を注ぎ込む。
『痛み』を抽出され、失っている神からは、痛みが伝わろうはずも無かったが、
その体の一端とも言える感覚球の針を通して注がれるのは、確かに、痛みを伴う感情だった。
上級天使は、針から満ちる痛みと重なる影を、自分のなかの奔流にいつしか決まって追い求めていた。
長い黒髪が、脳裡にフラッシュバックする神のイメージと重なる。
常に自分とともにあった姿が見える。
たおやかなあの姿が見える。
「……天導……」
かれは固く目を閉じ、こぼれぬよう睫毛の奥に閉じ込めた。