ぼくは、壊れたオモチャの人形みたいに、びくんびくんと勝手に動いて、息をうまく吸えなくなった。 生まれつき心臓の無いぼくの体は、やっぱり壊れていたんだ。
「兄さぁん!!」
そう叫ぶ声が、ぼくの聞く最後の、あいつの声だった。
それ以来、ぼくはひどく調子が悪い。あいつは泣きっぱなしで、ずっとぼくにしがみついてた。 目が覚めると、いつも泣いてた。
腰のところがくっついて、生まれるまえから繋がっていたぼくたち双子は、いまも繋がってるのに、 あいつは、ぼくの手や寝巻きをずっと、眠るときまで離さなかった。ぼくの手、冷たかったね。ごめん。
あいつが看護婦たちの手を焼かせているのはわかっていたから、ちゃんと食べろよ、と、 いつものように手紙を書いた。 いつでもここにいるんだから、と。次に目が覚めたとき、 相変わらず似たような字で、『ぼくもだからね』とあった。
口に出して、つぶやいてみる。それはぼくの咽から出た言葉であって、やっぱりあいつの声じゃない。
「どうしたの? 怖い夢見た? どこか苦しい?」
驚いた看護婦たちが、駆けてきた。いっしょうけんめい背中を摩る。
「あなたがこんなに泣くのは珍しいわね」
「さっ、もう大丈夫よ。お薬飲んで……」
ここにいるのは、ぼくじゃない。
あいつであって、あいつでもない。
隣には、『ぼく』が、蒼い顔で眠ってる。
ぼくは、すぐには泣き止めなかった。
ぼくが眠ると、あいつが起きる。
最近では、すっかりと当たり前のことになっていたから、あいつには怪しまれることは無かった。 こうして手紙を書くことで、あいつは、自分が寝ているあいだに、ぼくが書いてるものと信じた。
本物のぼくは寝たまんまになっていて、自分の手でこれを書いてるだなんて、ぼくには言えない。
もしかして、おまえは知っていた? ぼくに、おまえがわかるみたいに。おなじ鼓動を、いつでも聞いているように。
ぼくらは、なにからなにまで、おんなじものを持っていた。雪の日の空みたいな色をした目。 夜の天井みたいな色の髪。 顔なんかもそっくりで、べつべつのところにいたら、 どっちがどっちかわからないね、って、みんなが言ってた。
なにをするのも、ぼくらは一緒。一緒に起きて、一緒に眠った。ベッドから出て遊んだり、 ときには、部屋をこっそり抜け出して、怒られたりした。
大きくなるに従って、一緒に起きてることができなくなった。かわりばんこに眠たくなるから、 そのころから、ぼくらは話を、手紙でするようになった。
「一手づつ、交代で挿すのはどうかな?」
教団にいらっしゃい、と、お声をかけてくださったコリエル1号さまが、誕生日に、ぼくらにチェスをくださった。
ぼくらはもう嬉しくて、必死に覚えて、チェスを楽しみに毎日眠った。ぼくが眠ったままになったあとも、チェスは続いた。
可哀想に、という看護婦の目を、ぼくは見ないようにした。
あいつの寝ている時間は、日増しに長くなっていく。体がすぐに疲れてしまうから、ぼくも起きていられない。 あいつに負担にならないように、ぼくはチェスを打ち、手紙を書いたら、すぐに自分の体に戻る。
ふたつの体に、ひとつの心臓。本当は、ふたつ無きゃいけなかったという心臓。 ひとつでいることが当たり前のことだったのに、 限界が、見えてきていた。
ぼくには、打つ手が無かった。
もうとっくに、ほとんどいないようになってるぼくに、なにができるというのだろう。
先生は、あいつの命を助けるために、心臓を持たないというぼくを、切り離すことを決めた。チェックメイトだ。 ぼくは弟と離され、この世界からも切り離される。永遠に。
苦しい息の下で、ぼくは今、遠い鼓動を聞いてる。自分の体では、視界が霞んで、音は鼓動しか聞こえない。 あいつが、体を起こそうともがきながら、しきりに叫んでいるのを、繋がった腰と、ベッドの揺れで感じる。
いいんだ。ぼくのせいで、おまえが死ぬのはイヤだ。
ひとの心は、心臓にあるのだと言うひとがいる。だから、胸が痛くなったりするのだと。
ぼくは、絶対に信じない。ぼくの胸も、ぎゅっと苦しい。
ふたりで生まれてきたぼくたちが、どうして一緒に生きられない。 ぼくらの居場所は、お互いの横以外には無いと、思うことすら無かった。
ぼくらは、ふたりでひとつだった。
ねぇ、覚えていて、ぼくらの心臓。移植をされた心臓が、持ち主の記憶を覚えてることがあるって、本で読んだよ。 だから、ぼくのこと覚えてて。ぼくはちゃんと、ここにいたって。おまえは、ぼくのものでもあったんだ、って。 そうじゃないと、ぼくは。
別々になった体で、上手く歩けるのかなぁ。
傷は治るの?
ぼくらは──ぼくは、今日、ここを離れる。