灰十字 ─ Cros Liath ─

きみの声


 じゃぁ、現実にかえるわ。と君が言う。
 現実ってどこ? と僕が問う。

 そうぞうのなかよ、と君は真顔で、どこでもないわとちょっと笑った。
 そうぞうが現実? どこでもないの? と僕は続けた。

 そうよ、と君は眩しく笑んだ。
 僕にはよくわからなかった。

 そうぞうは現実よ、と言って、君はくるりとつま先立ちした。
 そうぞうで現実はできてるし、現実はそうぞうでもあるわ。

 そうぞうには形が無いし、現実は進行している今のことだよ?
 僕は何かを口ずさみながら回る君を目で追った。

 じゃあ、未来へかえるわ。と君が笑った。
 未来には帰れないよ、と僕は答えた。

 未来はすぐに今になるから、キミにだってかえれるわ。
 それが生きるということでしょう?
 君は首を傾げてしまった。

 未来は今の先のことだよ、今は今じゃないのかな。
 生きるって今を過ごすことだよ?
 僕は僕で首を傾げた。

 だからそうぞうと言ったのよ。君はいたずらっぽく微笑んだ。
 そうぞうは現実で今で未来のことよ。だからどこでもないのよ、と。

     

 僕はわかりかけてきた。
 君の声がそうぞうであり現実であるということを。
 今で未来でどこでもないのだということを。

 過去には帰れないけれど、未来にはすぐに帰ってゆける。
 そうぞうは現実にすることができ、今であってどこでもない。
 過去は今の名残なのだ、と。

 そうぞうはかえることなのだ。
 そうぞうは生きることなのだ。

 ああ。

 君の声が、いまかえる。


了


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