神の居室は、もとは広大な祈りの間であった。
姿無き──言葉無き神を、奉り崇める祭壇の間。巨大な心臓のような姿の神を、 『神』として知らしめるために、マルクトのしつらえた……
その、何とも言い難い形状の『もの』であった創造維持神は、コリエル12号とのダァバール融合をきっかけに、 ひとの形をとった。『彼女』は、引き裂かれたあとも人間の姿であり続けている。
天導天使は、歪みによって長く伸び、枯れ枝のようになってしまった両の腕を苦々しい思いで持ち上げ、扉を開けた。
脈動する壁や床の、地響きに似た息吹のなかに、神はます。
流れ落ちるような黒い髪の女の姿で。
四方から伸びるコードに拘束されて。
天導は、いつものように正面に立って、静かに仰いだ。と……
神の目が、こちらを見ていた。
聞いていたわ、と口を開かず『彼女』は言った。
「…………し、」
まじまじと見つめると、『彼女』は何色とも言い難い色合いの、焦点の定まらぬような瞳で見つめ返してくる。
あなたの声を聞いていたわと、やわらかな声が繰り返す。声でないその声は、部屋中の空気で語りかけてくる。
天導天使は、膝をつき、震える手を組んだ。
「……主ヨ……」
『彼女』は、ごめんなさい、とつぶやいた。
わたしのせいで苦しいのね。
「ソノヨウナ言葉ヲ────」
天導はわなないた。自分のしたことが降り掛かるように思い出される。
唯一神より自分の浅ましい想いを選んだ。
わたしは、あなたを利用した。
苦しまないで、すべてはわたしの引き起こしたこと。
わたしの想いが招いたことなの。
あなたや上級天使のしたこともみな、わたしの感情が原因。
「イイエ」
わたしは "現象" の源。
あなたたちのすべてがわたしに起因している。
すべてわたしのせいなのよ。
「イイエ、イイエ!」
上級天使を針に繋ぎ止めたのは、憎しみのせいではないの。
自分の歪みを見兼ねてしてしまったこと。
あのひとと離されたくなくて、反射的にしたことよ。
そう……わたしは確かに狂いはじめていた。
感情の抑制ができなくなっていた……
「イイエ!!」
天導は叫び、かぶりを振った。
ふたたび仰いだ神の瞳は閉じていた。
月の照らすような薄明かりの部屋のなか、創造維持神の体は青白く、少しも動かず、まるでよく磨かれた石像のよう。
四肢を括りつけられ、瞳を閉ざした姿は、さながら十字架に張りつけられた神の徒だ。
「イイエ……狂ってイルのはワタシ……」
涙が視界を歪ませる。
おおよそ知能があるとは思えぬ姿に、恐れすら抱いていた神を、愛しく思うようになっていた。 ひとりの青年を恋い求め、女の姿で待ち続ける創造維持神に、愛しさと哀れみを抱くようになっていた。
研究所を出奔し、裏切り者として追われる身になっても、感覚球を使い、 こうして人目を盗んでは神の御前を訪れるようになっていた。
「許シテ……どうか許シテクダサイ……」
自分の想いしか見られぬわたしを。
(上級天使様──!!)
天導天使は、冷たい床に泣き伏した。